黒沢清監督が初めて時代劇に挑んだ映画『黒牢城(こくろうじょう)』(6月19日公開)。原作は、米澤穂信による同名小説。第166回直木賞、第12回山田風太郎賞をダブル受賞し、「このミステリーがすごい!」第1位をはじめ、史上初となるミステリーランキング4冠を果たした傑作ミステリーだ。
【動画】地下牢で繰り広げられる、“言葉の斬りあい"特別映像
主演は本木雅弘。共演には菅田将暉、吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョーらが集結。さらに、ユースケ・サンタマリア、吉原光夫、坂東龍汰、荒川良々、渋川清彦、渡辺いっけいらが脇を固める。
物語の舞台は戦国時代。荒木村重(本木)は、暴虐な織田信長に反旗を翻し、籠城を決意する。城は織田軍に包囲され、孤立無援の状態に。血気盛んな家臣たちを制しながら、妻・千代保(吉高)を心の支えに、人々を守ろうとする村重だったが、少年が殺される事件が発生する。
さらに不可解な怪事件が続発。容疑者は、密室と化した城内にいる者たちに絞られていく。城外には敵軍、城内には裏切り者――。疑心暗鬼が渦巻く中、村重は牢に幽閉した敵方の天才軍師・黒田官兵衛(菅田)の知恵を借りて、真相を追う。
時代劇の本場・京都太秦の松竹京都撮影所。「京都、初めてです」と笑う黒沢監督の表情には、新しいジャンルへの高揚感がにじんでいた。本作を手がける理由について、迷いなくこう語った。
「原作が面白かったということに尽きますね。この時代そのものにすごく詳しいわけではなかったんですけれども、時代性を抜きにして、すごく普遍的なテーマと、一種の推理小説のような謎解きの面白さがありました」
時代劇というジャンルへの思いについて聞くと、「漠然とやってみたい気持ちはあった」と明かしつつ、こんな本音も漏らした。
「時代劇というと、すぐ浮かぶのはいわゆるチャンバラ。チャンバラをやってみたいという単純な欲望はありましたが、心理劇のような時代劇をやってみたいというのは、この原作を読むまでまったく思っていませんでした」
さらに、現代劇とは異なる時代設定の面白さについても言及。「衣装や美術、言葉遣いも現代とは少し違う。みんなで日常的に知っているものとは少し違う何かを作る作業は、とても楽しいし、やりがいを感じています」
スタジオ内には、襖の向こうに座敷が連なる書院造りの屋敷が、ほぼ完全な形で再現されていた。
「こういう日本家屋のセットは初めてでしたので、やっぱり奥行きが面白いですね。いろんな部屋が複雑に組み合わさっていながら、襖を開けると遠くまで見通せてすごく面白い。庭の向こうに櫓が建っている設定だったので、スタジオの扉を全開にすると見える位置に櫓を作ってもらいました。今なら背景をCGで処理する方法もありますが、今回は可能な限り本当にそこにあるものを撮りたいと思いました。遠くに櫓が建っているなら、本当にその距離にあるように見せたかった。美術部が頑張ってくれて、面白いセットができました」
撮影所のセットだけではない。世界遺産・姫路城をはじめ、明石城、篠山城、伊賀上野城、彦根城など名城の協力を得たほか、東福寺、萬福寺でも撮影を実施した。
石田聡子プロデューサーによると、当初は“籠城劇"という特性からセット中心の作品になる可能性もあったという。しかし、「CGにあまり頼りたくない」という黒沢監督の意向もあり、石垣の質感や城全体の空気感を実景とロケーションで見せていくことでリアリティを追求する形にシフトした。
「有岡城は、天守や城の中心部だけではなく城下町を含めて守るという総構えという構造を持った城です。籠城というと、どうしても天守に人が集まっているイメージがあるかもしれませんが、実際には街全体を守る戦いでもある。各地でロケーション撮影をさせていただくことで、かなりのスケール感をもって空間の広がりを見せることができたと感じています」
さらに石田プロデューサーは、「黒田官兵衛は有岡城での幽閉中に狭い土牢で過酷な生活を強いられたことで足を悪くしたと伝えられていますが、実際の土牢がどういうものだったのかは、はっきりと残っていません。実態はともかくとして、黒沢監督が“地下牢をできるだけ広くしたい"とおっしゃった瞬間に、“これはもう黒沢映画になるな"と思いました」と笑顔を見せた。
「『クリーピー 偽りの隣人』のときも、まさか隣の家にあのような不思議な空間が広がっていることは思いもよらなかったと思いますが、見せてしまえば“ある"という世界観で成立していたし、何より空間としての面白さが圧倒的でした。今回もまさに“そこにあるものとして受け入れる"だけで、一気に村重と官兵衛の対決の場としての面白さが広がり、楽しみになりました」
■“閉じ込められた人々"の心理劇 コロナ禍から生まれた企画
その地下牢で向き合う村重と官兵衛。互いに食わせ者で、どこか本心を隠したまま会話を続けていく。その会話劇こそ、本作の大きな見どころだ。
石田プロデューサーによると、本作の荒木村重は、「いわゆる武骨で威厳のある戦国武将ではなく、少し新しい武将像を描きたかった」という思いがあったという。本木の黒沢組初参加が決まった段階で、「その相手として菅田さんという異色の存在が加われば、“二人の探偵"として非常に面白い組み合わせになると思った」と語る。
菅田と黒沢監督は『Cloud クラウド』(2024年)以来の再タッグ。本木とともに黒沢組初参加の吉高については、大河ドラマ『光る君へ』での演技を見た黒沢監督が「芯の強さに加え、どこか現代的でありながら古典的な佇まいを兼ね備えている。低く響く声の凄みも含め、この役にぴったりだと思った」と高く評価していたという。
本作の企画が動き始めたのは、コロナ禍だった。石田プロデューサーは、「原作を読んだとき、“ぜひ映像化したい"と思った。籠城している人たちの物語で、ある極限状態の中で恐怖や緊張を抱え、閉じ込められた状況にある人々の心理と心の変化が描かれている。その“閉じ込められた人たち"という設定が、当時の社会状況とどこか重なって見えたんです」と振り返る。
脚本制作を進める中では、世界情勢の変化も少なからず影響を与えたのではないかという。
「企画段階では思ってもいなかったような現在の世界の状況があり、意識的ではないですが、この作品の中で伝えているメッセージにもつながっていったように感じました」
黒沢監督は、時代劇というジャンルそのものについても独自の視点を語った。
「僕が物心ついた頃から、ずっと“時代劇は斜陽だ"と言われていた気がします。1970年代くらいから、ずっとそう言われ続けているんじゃないですかね」と笑いながらも、「なくなったわけではない」と続ける。「中でも戦国時代は、漫画やアニメ、ゲームを通して若い人たちにもすごく浸透しています。この時代への関心がなくなっているとは全然思わないですね」
本作の主人公・村重についても、「信長や秀吉ほど有名ではないかもしれないけれど、意外と若い人の方が知っている。この題材自体が特別マニアックだとは思っていません。ちゃんと一般に届く作品になるだろうと信じています」。
その上で、本作については「“新しい時代劇映画の古典"のようなものになれば」と語る。「変な言い方かもしれませんけど、今まであまり見たことがないのに、“これが古典だよね"と思えるような作品を目指したい。本木さんとも、そんな話をしました」。石田プロデューサーも、「黒沢監督でしか撮れない時代劇になる」と手応えを口にした。
本作は、5月にフランスで開催された「第79回カンヌ国際映画祭」カンヌ・プレミア部門に正式出品を果たし、世界初上映となった会場では、約1000人の観客からスタンディングオベーションを受けた。戦国時代を舞台にした密室ミステリーでありながら、現代にも通じる“不安"と“疑心"を映し出す本作。日本の時代劇に新たな風を吹き込む一本として、国内外から注目を集めそうだ。
(提供:オリコン)
6月18日 9時00分配信