戦闘機「紫電改」 倉庫へ移設 4月に引き上げ 本格展示へ準備 鹿児島


今年4月に旧日本海軍の戦闘機「紫電改」が81年ぶりに引き揚げられて半年。
戦争の記憶を伝える貴重な遺産を後世に残そうと本格的な展示の準備がすすんでいます。

【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本 英輔代表】
「これが日の丸の塗料。円周部分の塗料ですね」

翼にうっすらと残る赤い塗料。
旧日本海軍の戦闘機「紫電改」の翼に描かれた日の丸のあとです。

「紫電改」は太平洋戦争末期に開発・運用された旧日本海軍の戦闘機。

1945年4月、林喜重大尉がアメリカの爆撃機B−29を迎え撃つためこの機体で出撃しましたが戦闘中に被弾し、阿久根市の沖合に不時着しました。

肥本さんら「北薩の戦争遺産を後世に遺す会」により今年4月引き上げられ、81年ぶりにその姿を表しました。

引き上げ後は、金属の劣化を防ぐため出水市内のプールで塩抜き作業をしてきましたが27日、出水市内の倉庫に移されました。

【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本 英輔代表】
「(脱塩作業は)当初1年間の予定だったが、専門家から早めた方がいいと言われた」

運び込まれた紫電改は、翼の中に残る砂を取り除き、さび止めや破損した部品の補修などをを施したうえで年明けから仮展示を予定しています。

その後は行政などと連携し、来年度以降の本格展示を目指すということです。

【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本 英輔代表】
「紫電改そのものを作った日本人の技術力を出来るだけ多くの人に伝えたい。搭乗した人がどのように日本のために尽くそうと自分を犠牲にしたか伝えていきたい」

補修工事中は一般に公開しませんが年内に補修の手伝いをするボランティアを募集しています。

 
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