三島村 中国との貿易拠点だった? 遺跡で「八角形」の土台を確認 鹿児島


三島村黒島の遺跡から、八角形の建物の土台跡が見つかりました。
平安時代末期において日本と中国の王朝・宋との貿易がどのように行われていたのか、実態の解明につながるかもしれません。

鹿児島国際大学の中園聡教授らが26日、会見を開きました。

2014年から続く黒島の大里遺跡における発掘調査で当時の中国・南宋産の瓦を葺いた建物の土台とみられる遺構が確認されました。

直径約8.9m、1辺の長さは約3・4m。
今回分かったのはその土台が「八角形」だということです。

中国の建物に特徴的で珍しく、宗教的な建物の可能性があるといいます。

発掘調査では南宋産の瓦の破片が数多く出土されました。

黒島の大里遺跡が中国の南宋から来た船の寄港地であったのか。
南宋との貿易が盛んだった博多や九州本土とどうつながっていたのか。

解明は今後の課題ですが、中国からの商人が黒島に住んでいて貿易の拠点であった可能性もあるといいます。

【鹿児島国際大学 中園 聡教授】
「基壇(土台)発見で、中国と日本との間での密接な商業・貿易・精神的つながりが今回明らかに。遺跡や遺物という物的な証拠から(日宋貿易について)だいぶ明らかにできた」

 
「KKBみんながカメラマン」