81年の時を経て 阿久根市沖に不時着した戦闘機「紫電改」を引き揚げ 鹿児島
太平洋戦争末期、阿久根市沖に不時着した戦闘機「紫電改」が81年の時を経て引き揚げられました。
阿久根市の沖合で81年の間眠る「紫電改」。
太平洋戦争末期に不時着した旧日本海軍の戦闘機です。
林喜重大尉がアメリカの爆撃機B−29を迎え撃つためこの機体で出撃しましたが、戦闘中に被弾し、海に不時着しました。
【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本英輔 代表】
「どんどん戦争の記憶が薄れていく、あるいは伝えていく人がいなくなるというなかで機体そのものが直接見る人に語りかけてくるという力をですね、ぜひ信じて展示していきたい」
「北薩の戦争遺産を後世に遺す会」の代表、肥本英輔さんは紫電改の保存を目指し、活動に取り組んできました。
国内に現存するのは1979年に愛媛県が引き揚げた1機のみで、今回の引き揚げに成功すれば戦争の記憶を伝える貴重な遺産にー
これまでの調査では左右の翼と紫電改の特徴である20ミリ機銃が確認されていました。
そして、ついに迎えた引き揚げの日ー
機体の重さはおよそ3トンと推定していましたが3倍の9トンあったことが判明。
急遽、機体を補強し引き揚げることにー作業は難航しましたが、午後2時間半ごろ。
【山?記者 リポート】
「海底に静かに眠り続けていた紫電改。81年の時を経ていまゆっくりと海中からその機体が姿をあらわしています」
【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本英輔 代表】
「あとちょっとあとちょっとさっき林大尉にお祈りしてきた。あげさせてくださいって」
引き揚げの様子を見守る肥本さんの目には涙がー
【北薩の戦争遺産を後世に遺す会 肥本英輔 代表】
「本当にきれいな姿で、からだは傷ついているんだろうけど本当にきれいに残っています。嬉しかったです。平和っていうのはもちろん大事だと思うんですけどそれをどう築き上げるためにはどうやったら成り立つのかということを真剣に考えて頂きたいという思いも同時に持ってます」
引き揚げられた紫電改は阿久根港へ。
戦争の記憶を伝える新たな資料になりそうです。